死んだらどうなるの?〜死後の世界を考える〜

ここを読んでいるあなたは、今何となく満足した心が生じているかもしれませんが、あなたを動かしている意識においては、何となく物足りない人生を送っているのではないでしょうか、、、

11 世界の神話にみる死生観

ギリシア神話

ギリシア神話の冥界は二種類が伝えられている。

「死後の世界は、広大な大洋の彼方、大地の果てにある」

とも書かれているが、

底知れぬ洞穴や、地下に潜る河(アケローン河)が

通路として通じている地下の世界であるとも語られている。

ちなみに、アケローンとは「苦悩」という意味である。

 

冥界の入り口には、

黒いポプラと実を結ばない柳が生えているペルセポネーの森がある。

ここから門に至ると、番犬の怪物ケルベロスが待ちかまえている。

この番犬は五十の頭を持ち、青銅のような響きを発するのである。

 

冥府には地下の川アケローンが流れている。

この川には、コーキュートス河、プレゲトーン河、

レーテー河、ステュクス河が合流していた。

ステュクス河は冥府を九回取り巻いており、

レーテー河の水を飲んだものは過去を忘れる。

 

アケローン河を渡るには、

冥界の渡し守カローンに頼まなければならない。

これは、日本でいう三途の川、

臨死体験に登場する川を思わせる描写である。

 

三途地獄・餓鬼・畜生の三悪道のことで、

......死者が冥界に入るまえに渡るとされる川が三途の川である。

これを説く『地蔵十王経』は中国に始まって日本で広まった偽経で、

三途の川の観念は仏教本来のものではない。

......川辺には脱衣婆がいて死者の衣をはぎ、

懸衣翁がそれを衣領樹の枝にかける。

この情景は、

平安中期以後の文学や六道絵に散見する。

ギリシア神話のアケローン川と渡し

守カローンの観念に似るところがある。

 

(中村元ほか『岩波仏教辞典』岩波書店)

 

冥府の王ハーデースとその一族

 

冥府の王ハーデースとは「見えない者」を意味する。

また、その別名プールートーンは「富」を意味する。

そして、彼の臣下にはタナトス(死)とヒュプノス(眠り)が従っている。

そのほか、死の時を迎えた人を冥界に連行する女神ケールたちは、

別名「ハーデースの犬」とも呼ばれる恐ろしい姿で戦場に現われた。

そのほか、親殺しや誓いを破った者を罰する女神にエリーニュスたちがいる。

ハーデースは、

大地の女神デーメーテールの娘コレーを

誘拐して妻としようとした。

野原で花を摘んでいたコレーを、

大地から出現したハーデースが突然さらっていってしまう。

母のデーメーテールはあちこちをさまよい、

さらには一年間ひきこもってしまった。

その結果、大地は作物を生み出そうとしなかったのである。

そこで神々の王ゼウスは、

デーメーテールと娘を再会させることを認め、

なだめようとした。

さらわれたコレーはすでにペルセポネーと名前を変えていたが、

母子は無事再会する。

しかし、ペルセポネーは冥府のザクロの実を食べてしまっていた。

そのため、完全に地上に戻ることは許されなくなったのである。

結局、ペルセポネーは一年の三分の一を冥府で過ごすことになり、

それをデーメーテールが悲しんで作物があまり育たないのが

「冬」ということである。

なお、冥府の食物を食べると地上に戻れないというのは、

日本神話のイザナミ神と似ている。

イザナミ(伊邪那美)神は、

火の神であるカグツチ(迦具土)神を

生んだときに死んでしまい、

黄泉国に至る。

それを追って夫のイザナギ(伊邪那岐)神が黄泉に至る。

イザナギ

「愛しい我が妻よ、私と君が一緒に作った国は

まだ作り終わってはいない。だから一緒に帰ろう」

というと、

イザナミ

「悔しいことです。

なぜもっと早く来てくれなかったのですか。

私は黄泉国のかまどで煮たものを食べてしまいました。

もう現世には戻れません」

と答えるのである。

 

◎冥界での裁き

死者の霊魂が冥界へやってくると、

ハーデースと三人の補佐役たち

(アイアコス、ミーノース、ラダマンテュス)

によって裁かれる。

生前は神を敬い、正義を愛したアイアコスは、

死後、冥界の鍵を握り、ヨーロッパ人を裁く者となった。

ラダマンテュスはアジア人を裁いた。

この裁判の結果、

罪重き者はタルタロスという地獄へ送られ、

永遠の苦しみを与えられることになる。

タルタロスは三重の壁に取り巻かれ、

通路はダイヤモンドの扉で閉ざされている。

ハゲタカについばまれる者、

飢えと渇きに苦しめられる者、

がけの上へ岩を押し上げる者......。

一方、神に愛された者、

正しい行いをした者は、

エーリュシオンの野で喜び多い死後の生活を送る。

エーリュシオンには雪も雨も嵐もない。

そよ風が年中吹き、幸福な住みかはさわやかであったという。

ハーデースの裁きは、閻魔大王の裁きに似ているようである。

 

◎オルペウス物語

死と生の物語で有名なのがオルペウスの物語である。

もともとトラーキアの王で、

すべてのものを感動させる竪琴の名手オルペウスは、

死んだ妻エウリュディケーを冥界へ迎えに行った。

冥府の番犬タルタロスが行く手を阻んだが、

オルペウスの竪琴と歌に酔いしれて、うずくまって泣きだした。

無事に通過したオルペウスは、

次に渡し守カローンに出会う。

そこで、力ローンの若いころの船歌を歌い、

またもや感動させて、首尾よく渡してもらうことに成功した。

そうして冥府の王ハーデースと、

王妃ペルセポネーのいる死の玉座の前にまで至った。

オルペウスはエウリュディケーの美しさと不幸を歌い、

王妃を感動のあまり泣かせたのだった。

冥府の王は、妻を連れて帰ることを認めるかわりに、

オルペウスに一つの条件を示す。

「決して振り返って妻を見てはならない」と。

もし、振り返ったらならば、

妻は死者の国に戻らなければならない。

オルペウスは妻を後ろに従えて、冥府を戻っていった。

しかし、ハーデースは彼をアウェルヌスの洞窟内の松の森に導く。

もう少しで洞窟を抜け、地上にたどり着くというところで、

松の落葉のせいで、今まで聞こえていた妻の足音が聞こえなくなってしまった。

妻がいなくなったのかと思ったオルペウスは、思わず振り返る。

その瞬間、すぐ後ろにいたエウリュディケーの姿は、

かき消すように消えていったのである。

 

北欧神話

 

北欧神話には、九つの世界が登場する。

アース神族の国アースガルズ、

ヴァン神族の国ヴァナヘイム、

光の妖精の国アールヴヘイム、

地下の黒い妖精の国スヴァルトアールヴヘイム、

巨人族の国ヨトゥンヘイム、

小人の国ニダヴェリール、

人間の世界ミズガルズ、

炎の民の国ムスペッルスヘルム、

そして北方にある極寒の霧の国ニヴルヘイム。

このニヴルヘイムを統治する女神ヘルこそが死を司るとされている。

 

ケルト神話

 

かつてはヨーロッパ全土に広がっていたが、

現在はアイルランド島とその周辺にしかいないケルト民族。

彼らの伝えるケルト神話の死生観は、

繰り返し型の霊界転生といえよう。

人は死の国から生まれてきて、死の国へ帰る。

そしてまたこの世界へ生まれてくる。

明らかに転生思想があったのだが、

それはやがてキリスト教に征服されていったのだった。

ケルトの宗教であるドルイド教では、霊魂は不滅で、

死後は別の場所へ移ると説いていた。

また、死と冥府の王たるドンヌという神がいる。

人は「ドンヌの家」で生まれ、

死後再びそこに帰ると信じられていた。

これもまた転生思想といえる。

 

エジプトの死生観

 

古代エジプトでは死後の生命が信じられていた。

そして、人間を構成する要素は、

カー、バー、 アク、名前、影

であると考えられていた。

 

一つ目が「カー」(生命体)で、

死後、肉体から分離して自由となり、

霊界を行き来する力を得る。

それと同時に、この世との結びつきを保つ上で

重要な役割を果たし続ける。

つまり、死者を保護し、冥界へ導くのだ。

その存在は、墓の中の肉体と密接なつながりがあり、

捧げられた供物を取りに肉体に戻ることで、

その力を維持することができるのである。

通常、両手を挙げた人の姿か、

あるいは高く掲げた二本の腕として表現される。

 

二つ目の人間の構成要素は「バー」(魂)である。

肉体を離れ、墓の外へ出て行き、

死者が生前楽しい時を過ごした、

さまざまな場所を訪れることができる。

このようにして死者は、

その死後も地上との結びつきを持ち続けることができたという。

バーは、人の頭を持った鳥の姿で描かれる。

そして、第三の要素「アク」があった。

これは、死後の人々を助けることができる超自然の力であった。

冠羽をもつ朱鷺の姿で描かれる。

 

◎ピラミッドと死後の世界

 

死後も死者の魂は永遠に生き続けるが、

そのためには墓にいろいろな生活用品や食物を

供え続けなければならなかった。

死者が死後も食物を食べるには、

遺体をできるだけ完全に保存する必要がある。

そのためにミイラが作られるようになった。

また、ミイラが破損した場合でも魂を維持するための呪文が用意された。

しかし、墓が放置されると、生命力(カー)は飢え、

最後には餓死してしまう。

有名なピラミッドは、王が天空に昇っていくための儀式空間、

最新式施設だったというのが定説となっている。

ただし、王が天へ昇っていくためには、

神官による儀礼が不可欠だった。

王は天にのぼり、貴族は地上で死後も享楽を楽しむ、

というのがエジプト人の大方の「死後の進路」であったという。

 

◎『エジプトの死者の書

エジプトの死生観といえば、エジプトの死者の書である。

古代エジプトでは、

死後の世界において安楽な生活を送れるよう、

そのための経文が書かれた。

古王朝(紀元前二十八〜二十三世紀)の時代は

ピラミッドの玄室の壁面に、

中王朝(紀元前二十一世紀〜十七世紀)の時代は

ひつぎの底や外側に「柩文」として書かれた。

さらに新王朝(紀元前十六世紀〜十一世紀)の時代は、

パピルスの巻物に書かれるようになった。

これは、死後、楽園に到達するためのガイドブックとしての内容を持っている。

 

死者の書は葬儀にあたって神官が読むものだが、

死者を唱えることができるよう、死者と一緒に埋葬された。

また、買い手の名前を記入できる販売用のものもあった。

この『エジプトの死者の書』の本来の呼称は

『日のもとへ現われ出づる」という。

全部で百九十章から成るが、

現存する各種の死者の書のうち、

それがすべて含まれたものはない。

 

最初に『エジプト人死者の書』として出版されたのは、

ドイツのエジプト学者レプシウスが一八四二年に

「ツリン・パピルス」という百六十五章の文書をまとめたものである。

また、 最も有名なのは、

第十八王朝の中ごろ(紀元前十五世紀)の書記官アニのパピルスで、

現在は大英博物館に収められている。

 

◎冥界の審判

死者の書のクライマックスは、冥界における審判の場面である。

まず、オシリス神を中心とする四十二人の裁判官のいる広間に入る。

そして、死者はその四十二神の名前を知っていることを宣言し、

さらに生前に三十八の悪い行ないを犯していないことを告白する。

その後、死者は大きな天秤の前につれてこられる。

 

天秤の一方の皿には、

法と真実の象徴であるマアトの羽毛が載せられており、

もう一つの皿には死者の心臓が載せられる。

そして、審判者である十二神が見守る中、

犬の顔をした死の神アヌビスが目盛りを調べる。

秤をはさんだ向かい側には死者の守護霊が立ち、

頭上には死者のへその緒の入った箱が置かれている。

この背後には、死者の誕生と教育を司った女神が二人立っており、

へその緒の箱の後ろには死者の魂(バー)が鳥の形をしてとどまっている。

 

天秤の右手には、

学問と知恵の神トートがパレットとペンを持ち、

審判記録を書き留めようとしている。

その後ろには怪獣アミメットが控えていて、

審判で有罪になった死者をすぐに食べようと待ちかまえている。

そこで、死者は針が動かないように祈りの言葉を捧げる。

ここでマアトの羽と心臓が釣り合えば、

死者は罪なき者として認められ、

オシリス神が統治する冥界で永遠の命が保証される。

それは生前の身分には関係がない。

しかし、罪ある者という判決が下ると死者の心臓は、

頭がワニ、上半身はライオン、下半身はカバという

怪獣アミメットに食べられてしまい、

消滅してしまうのである。

 

◎「平和の野原」

オシリスの楽園には、罪なき者であれば、

立派な墓や副葬品がなくても入ることができる。

それは百の地平線の下、

あるいはいくつかの島々の上の緑豊かな土地にあるとされている。

「平和の野原」と呼ばれるこの楽園は、

周囲を清流が巡り、豊かな実りが約束されている。

死者は何の痛みも苦しみもなく、

生前と同じように楽しく毎日をすごすことができる。

ただし、そこで生活するには、農作業だけはやらなければならない。

富裕な者たちは、

その農作業を肩代わりしてくれるウシャブティという

小さな像を墓に収めたという。